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2015/12/03

友利奈緒の魅力(友利奈緒 Advent Calendar 2015)

こんにちは、高城丈士朗です。
乙坂有宇です。
まずは生徒会への復帰、おめでとうございます。
ありがとう。いや、ほんとに色々能力を獲得しておいて正解だった。
世界も平穏が保たれ、こうして乙坂さんも復帰されて、生徒会の仕事も再開できるようになったわけです。
ああ。しかし、なんの仕事があるんだ?もう能力者は僕だけだろ。
なにも生徒会の仕事は能力者の保護だけではありません。
そうなのか?
そもそも生徒会としての本来の仕事があります。
ほう
この星ノ海学園としての対外的な広報活動もそのうちの一つです。
そういうのは理事会とかがするんじゃ?
もちろんそうなのですが、生徒会という組織で生徒が自主性を持って活動しているというのも、学園のPRをする点においては重要なポイントとなります。
まあ確かに。学校案内のパンフレットとかにも、在校生からのメッセージみたいなのが載っていたりするな。
はい。今日はそういう一環として、友利奈緒 Advent Calendar 2015の3日目です。昨日は@nkpoidさんの友利奈緒 その歴史でした。
なんだこれ。
アドベントカレンダーとは、12月の1日から順に
いや、それは分かる。そうじゃなくて
友利奈緒 Advent Calendar。
はい。
友利奈緒 Advent Calendar。
そうです。
どうしてあいつのアドベントカレンダーがあるんだ?
ゆさりんをご存じなかった乙坂さんですから、ご存じないのも無理はありません。
悪かったな。
我々の活躍はアニメやコミックでも紹介され、特に友利会長はゆさりんと並んでインターネットにおいて大変な人気を博しておられます。
マジか。
マジです。
あの暴力女に人気があるなんて。
しかしそんなことを言いつつ、乙坂さんはその会長に告白もされています。
はぁ!? いつの間にそれを!
我々の組織は調査能力もありますからね。
怖っ。
ひとたび様子のおかしな会長を見かければ、尋問するまでです。
あいつがしゃべったのかよ。
好きなものについては饒舌になるのが彼女の性格です。
んまあ、確かに。
そういうわけでですね。今日は会長のことについて語り尽くしていこうというのが、仕事の内容です。
復帰していきなり呼び出されたのがこれか。
ですので、このやり取りは録音しますね。
さっきの編集してくれよ。
了解です。まずは、会長の人となり等ですね。
すぐに手が出るな。
確かに思いついたら行動に出る部分はありますね。
回りくどいことが嫌いなんだろうけどさ。
しかしそこに至るまでのプロセスは、きちんとした筋道を立てて計画されていると思いますよ。
まあ、無計画ってわけではないな。いや人前で暴力は振るってしまうわけで、やっぱり無計画なのかな。
全てが計画通りにすすめば、とくに問題はないでしょう。乙坂さんと出会ったときは河原でしたので、幸い近くに人の目はありませんでした。
それはただの偶然じゃないか。全く、頭がいいのか悪いのか。
少なくとも生徒会の活動を優先して行いつつ、学業も平行に行っていますので、それなりの学力はお持ちなのではないかと。
授業を受けているところは見るけど、家で勉強してるところは想像つかねーな。
テストで何点取っておられるんでしょうね。
知らないのかよ。
あまりそういうところには踏み込まないようにしています。墓穴を掘る場合もありますので。今度聞いてみてはいかがですか。
うーん、たぶんあいつの方が良さそうな気がする。要領は良さそうだもんな。
じつは乙坂さんの方が点数がいいかもしれませんよ。
僕の点数は、まやかしだからな。あれからテストで能力は使っていないし。
おや、謙虚ですね。
謙虚ですよ。この学校では目立たない方が、なにかと過ごしやすそうだからな。
一部、素行の悪い人達は居ますね。
あれがよく分からなかったんだけど、友利は暴力を振るうやつと認識されてて遠巻きに見られているのに、どうしてあいつらは友利に暴力を振るえるんだ?
集団になると強く出られる人達や、相手が抵抗しないと分かると強く出てしまう人達なんでしょうね。
なるほど。あいつならやり返せるだけの力は持っていたと思ったんだが、まあそれは悪用にあたるか。
やはり生徒会長という身分であるために、強く出られないという部分もあるかと思います。
俺には強く出られたんだけど。
河原に人が居なかったのが幸いです。
・・・。
他には何かありますか?
面倒見は良いな。うちの歩未がよくしてもらっている。
別の未来では、自棄になった乙坂さんをずっと見守っていたそうですね。
ああ。あいつ、キャンプのときは野菜なんていらねぇって言ったのに、ネカフェで泊まっていた俺にわざわざサラダ追加してきたんだぜ。
責任感が強い人ですから、やはり大きな損失に対して責任を感じていたんでしょうね。
計画が失敗することはあるだろうけど、そこまでするかな。
我々は仲間ですから、それだけ気に掛けていたということでしょう。気に掛けるという点では、乙坂さんが旅立たれてからの定期連絡で、会長のお兄さんの治療方法を連絡してくださいましたね。
ああ、別の未来ではあいつの兄貴は自我を取り戻したんだけど、今の世界ではそれをする前に出かけちゃってさ。気になってたんだ。
会長のお兄さんが回復されてから、わたしも何度かお見舞いに伺ったのですが、あんなに甘えている彼女を見たのは初めてです。
うちの兄貴にも甘えていた気がするな。
意外と年上好きなのかもしれませんね。
そうなのか?
しかし乙坂さんのことも気に入られていたので、単なる年上好きというわけでもなさそうですね。三人の共通点はなんでしょう?
共通点・・・格好いい?
自分で言っちゃいますか。
自分で言っちゃいました。
その点については会長も評価されていましたからね。面食いなのかもしれません。
だけど自分の兄貴に対して格好良いとか言っちゃうのは・・・ブラコンなのか。
お兄さんへのそれと、隼翼さんへのそれはまた別のものかもしれませんね。
一度その辺も聞き出しておく必要があるな。
それは嫉妬的なものですか?
いや、そういうわけではないのだが。
この話は別の機会にして、会長に話を戻しましょう。外面的な部分については、暴力的、頭脳明晰、責任感がある、面倒見が良い、内面的な部分については面食いというわけですが、他にはどうでしょう。
そういえばあいつガジェット好きなのか?
スマホとは別に携帯プレイヤーも持っていますし、カムコーダも持ち歩いていますね。カムコーダは生徒会の活動で使っているものですが。
ZHIENDのスマホカバーを手に入れてめちゃくちゃはしゃいでたんだけど、ちょっと引く感じでさ。
ファングッズを手に入れたら、そりゃはしゃぐでしょう。わたしだって、ゆさりんのスマホカバーは持っていますし、タオルやTシャツ、パーカーをはじめクリアファイルや、うちわや、パスケースに、眼鏡ケース、トートバッグに、リュックサック、ボストンバッグ、CDプレイヤーにノートパソコ
ひくな!
好きなものについてはしゃいでいる姿というのは、かわいいものではないですか。
あいつもお前もそうだけど、はしゃぎ方が怖い。
好きなものの前では自然な姿を曝せるのですよ。
そういうもんか。
そういうものですよ。
はしゃいでいる姿というと、飯食うの好きだよな。
食欲は三大欲求の一つですよ。一番素が出る部分ではないでしょうか。
調査中とかでも、なにか片手に食ってたりするし。
身体を動かすことが多いだけに、エネルギーが必要なのでしょう。
食事といえば、あいつにオムライスを作ってもらったことがあるんだけどさ、旨かったんだよな。
ほう。それは初耳です。
あ、これは別の未来だったんだけどさ。自棄になってろくなものを食ってなかった俺に、手料理をごちそうしてくれたんだよ。制服にエプロン付けてさ。
それは萌えというやつですか。
萌えというのがよく分からないが・・・ちょっと、良かった。なめたけご飯も旨かったし。
それで胃袋を捕まれたということですね。一人暮らしでお弁当も毎日持参されていますし、食べることだけでなく、作るのも上手いのでしょうね。
そういえば、たくさん食べる割には、太ってはないな。
身のこなしが軽やかですよね。体重が重すぎては、今までの活動は辛いものがあったでしょう。肥満体型ではないですね。
ああ、どちらかというとスタイル良いよな。
念写能力者の対応をしたとき、会長の念写写真を押収しましたよね。あれはどうだったんですか?
俺、あの写真一瞬見たんだけど、当時はそれほど意識していなかったし、覚えてないんだよな。
なんと。わたしはあの写真を見られなかったのですよ。
くびれが良い感じだったのだけは覚えている。
ひくな!
はずかしいっ!
おまえらな、本人のいるところでそういう収録するか?
生徒会室しか場所がなかったのですから仕方ありません。
来年の学校案内とか、もう今から作っておく必要があるだろ。
ただのいやらしいおじさんの会話になってます。
がーん、いやらしいおじさん・・・!
ボツだ、ボツ。全部ボツ。
そんな。
この収録は使えないので、黒羽さん、簡潔にまとめてください。
わたしが?そうですね。ご飯も美味しくてスタイルが良くて、ちょっと暴力的だけど、行動力があって、責任感が強くて、面倒見が良くて、包容力がある。お母さんみたいな友利さんが生徒会長を務める星ノ海学園は、来年度の新入生を募集しています!
よろしくっす。

2015/12/02

質問サイトを回答側として使ってみた中で感じたこと(teratail Advent Calendar 2015)

teratail Advent Calendar 2015の2日目です。

teratail | 思考するエンジニアのためのQAプラットフォーム
個人的に、分からないことは自分で調べる派なので、質問を投げることはないのですが、答えられそうな簡単な質問に答えてみたりしています。
「あー、それわたしも嵌まったわ」というようなやつなど。
回答へのコメントが「いや、まずそれ手元のマシンで試してみなよ」って内容だったりすると、ちょっと心が折れそうになりますね。
広告バナーが「先輩に質問できないような質問をする」みたいな感じなので、「教えるのが大好き・スコアが上がるだけで生きていける」という感じじゃないと、ここで回答を続けるのは厳しいのかなーと思いました。

手を動かしてみて試行錯誤した中で覚えるのが、一番の近道だとは思うのですが、昨今言われる『「見て盗め」とか、「先人と同じように試行錯誤しろ」というのは「要領のいい人間」を見つけるための方法であって「教育」ではない』というのは、確かにその通りだと思います。
教えるというのは単に回答や特定の問題に対する解決方法だけを示すだけでなく、いかにその分野について興味を持続させるか、次に与える課題のハードルの設定方法などまで考えるべきなんだろうなぁと感じました。

一つの質問に対して、質問者がどこまで理解しているかを把握し、次に繋げていくために100点になりすぎない、または120点ぐらいで次の興味へ繋ぐ回答をするというのは、なかなか難しく感じます。
QAサイトをただの質問と回答で終わらせるのか、教育の場とするのか、そのあたりは意識して使っていく必要があるなと感じました。


P.S.たまにどこから手を付けたらいいんだという質問がありますが、中の人は質問の確認とかしてないのでしょうか。
テラテイルのロゴについて
こういう質問は中の人から回答してあげたら良いのになぁと思いました。

2015/12/01

VPSを調子に乗って使い過ぎた話(レンタルサーバー Advent Calendar 2015)

レンタルサーバー Advent Calendar 2015の1日目です。
VPSのお話もOKとのことなので、VPSのお話。

拙作「ふぁぼるっく」では規模が大きくなるにつれ、自宅サーバを飛び出しVPSに移行しました。


上のスライドは2年半ほど前のもので、20ページ目の状態の後、以下のような構成になりました。
  • ウェブサーバ1台
  • PostgreSQLサーバ1台
  • Memcachedサーバ1台
  • MongoDBサーバ1台
  • UserStream接続用サーバ4台
の計8台(自宅にさらに3台)構成です。サーバはさくらのVPSで、以前も使っていたのですが、このときからSSDやローカルエリア接続が使えるようになりました。
SSDにローカルエリア接続、いいですねぇ。システムの処理能力が上がった分、データ収集にも力が入ります。

そして半年ほど経ったある日、急にシステムの反応が遅くなりました。
数日かかって原因を調べてみると、PostgreSQLサーバでディスクの書き込み失敗にエラーが発生しています。
再起動してもすぐに再発するし、これはどうやら仮想サーバが載っている親サーバで障害でも起きているのでは?と思いサポートに連絡しました。

わたし「ディスク壊れてるっぽい。エラー出る」
サポート「負荷掛けすぎだから制限かけてるんよ」
わたし「(さくら・・・!)」

確かに、VPS、Virtual Private Serverで「事実上の私的なサーバ」であって本質は1台のサーバに複数のインスタンスが起動しているだけなんですよね。
そして約款の禁止事項にも『当社もしくは第三者の設備等またはサーバ設備もしくは電気通信設備等の利用もしくは運営に支障を与える行為、または与えるおそれのある行為』と書かれています。
みんなで少しずつお金を出し合って使っているみんなのサーバなので、「自宅サーバのSSDが一年ぐらいで壊れる量の書き込みを、一定料金で使い放題だー」と使っちゃダメなんです。

制限が掛けられるまでは、全く負荷的なものを感じなかったので、どのくらいまでが、1インスタンスあたりで想定されていた負荷なのかは分からずじまいでした。
設備の内容は企業戦略的なものもあって、事前に上限負荷を公開するのは難しいかと思いますが、制限が掛かったことぐらいは通知して欲しいなーと思いました。

ということで、負荷が高いサーバをVPSで動かすのは気をつけましょう。
やばそうだなと思ったら専用サーバへ。
ちなみに、このあとAWSへ移行しました。

2015/11/01

来○(地名の略語)の言い方

ちょっと気になったので調べた。
宮城県・石川県・三重県・島根県が分からない。
また、検索して出てくる件数の感覚から、
  • 面積の広い場所ではあまり「来○」は使われない
  • 大きな街が複数ある場合は、街毎に「来○」が使われ、都道府県の「来○」は使われない
という様子がある。

場所来○
北海道来道(らいどう)
 札幌来札
 旭川来旭
 帯広来帯
 釧路来釧
 函館来函
青森県来青(らいせい)
岩手県来岩(らいいわ?)
 盛岡来盛
宮城県??
 仙台来仙(らいせん)
秋田県来秋(らいしゅう)
山形県来形(らいかた?)
福島県来福(らいふく)
茨城県来茨
 水戸来水
栃木県来栃(らいとち?)
群馬県来群(らいぐん?)
埼玉県来埼(らいさい)
千葉県来葉(らいよう)
東京都来京(らいきょう)
神奈川県来神(らいか?)
 横浜来浜
新潟県来新(らいにい?)
富山県来富(らいと?)
石川県??
 金沢来沢(らいたく)
福井県来福(らいふく)
山梨県来山(らいやま?)
 甲府来甲
長野県来長(らいなが?)
 信濃来信(らいしん?)
岐阜県来岐(らいき)
静岡県来静(らいせい)
愛知県来愛
 名古屋来名(らいめい)
三重県??
 伊勢神宮来勢
滋賀県来滋
 大津来津
京都府来京(らいきょう)
 洛陽(京都市から南部)来洛(らいらく)
大阪府来阪(らいはん)
奈良県来奈(らいな)
兵庫県来兵(らいひょう)
 神戸来神(らいしん?)
和歌山県来和(らいわ?)
来紀(らいき?)
鳥取県来鳥(らいちょう)
島根県??
 松江来松(らいまつ)
岡山県来岡(らいこう)
広島県来広(らいこう)
山口県来山
 山口市来鴻(らいこう) コメントありがとうございます
徳島県来徳(らいとく)
香川県来香
 高松来高
愛媛県来愛
 松山来松(らいまつ)
高知県来高(らいこう)
福岡県来福(らいふく)
佐賀県来佐(らいさ?)
長崎県来崎(らいさき)
熊本県来熊(らいゆう)
大分県来分
宮崎県来宮(らいみや)
鹿児島県来鹿(らいか)
沖縄県来沖(らいおき)
 那覇来覇

2015/09/07

「誰のためのデザイン? 増補・改訂版」読了

だいぶ前に読み終わっていたのだけど、書いていなかったので。

最初の版は25年も前に書かれたものであるが、デザインや設計というものを考えるにあたっての根本は変わらないということで、往年の名著と言われていた。しかし流石に25年も経つと、当時と現在ではデザインを考えるベースとなる環境が合わない部分や、技術的な発展も見られるということで、「増補・改訂版」が出版されることになった。著者によると最近の事情に合わせて手を入れ始めたところ、全体的に修正が入り、追加の章もできたらしい。

初版の翻訳者が既に亡くなられているが、多くの文章が初版と同じということで、日本語訳には初版の文章がそのまま使われているところがあるとのことだった。そのせいか、全体的に言い回しが古くさいというか、堅苦しいというか、読んでいて少し疲れる文章ではあった。

デザインに関する本ということだったので、てっきり事例が多く挙げられどうすればいいのかという話になるのかと思っていたが、そうではなかった(これも疲れた原因かもしれない)。本書の最初の方では、駄目な事例の紹介が少しなされた後、人間の認知や記憶に関する話が続く。
一見デザインとはかけ離れるように思えるが、これが後の章に活きてくる。
デザインや設計を行う人間は、往々にしてその製品についていろいろ考え、既に「知っている」。その状態で操作パネルや説明文を作ると、「解る人には判るデザイン」というものが完成する。この「解る人には判るデザイン」は別の立場で見ると「解らない人には判らないデザイン」となってしまう。
この判らないまま操作するという行動が、過去に多くの事件や事故の元となってきた。事故調査報告書などでは、正しく原因が追及され「判りにくいデザインが悪」とされるのだが、身の回りで起こる小さなミスについては、「操作を間違えた人が悪」とされるパターンが多い。そしてそれが一人で扱っていた場合などに「この機器を上手く使えなかったのは自分の使い方が悪かったのだ」と考えてしまう。
自分を責めるという行動から次に繋がるのが苦手意識。とくにそれが販売されている製品などでは、次回の購入時に選択肢から外されてしまう可能性がある。
コンビニに置かれているコーヒー販売機に数々の補足シールが貼られているという現象が、一時期話題になった。あれもデザインの問題で、よく分からないことによる敬遠が発生し、それに対する対策としてのシールだったのだ。あのコーヒー販売機は、おしゃれを狙ったものだったのだろうが、本来はシールを貼らなくても何をどうすればコーヒーが買えるのか判るようにするのがデザインなのだ。

「よく分からないまま操作をした人が悪い」のではなく「よく分からないまま操作できてしまう機器」が悪いのだ。フェイルセーフという考えがあるが、あれは人間が失敗をする前提というでの設計だ。ここで言うデザインは、その失敗に繋がる前の段階での設計方針となる。
本書ではデザインという切り口から、人間が何かを成し遂げたいときに、どのように物事を理解して行動に繋げていくかという話が語られている。デザインというと視覚に訴える情報と捉えがちだがそれだけに止まらず、大きな組織・システムの設計にまで適用できる。
本書は人間が文化的活動を続けていく上で忘れてはいけない、基本的な設計思想というものを改めて気付かせてくれるものだった。物作りに関わる人だけでなく、使う側の人であっても何が良くて何が悪いのかを正しく判断できるようになるために、ぜひ読んで欲しい一冊だと感じた。

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