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2021年9月2日木曜日

分散SNSへの飛び込み方

(以下の長文を一文でまとめた主旨)「新しいSNSに参加するときは、お友達と誘い合わせて参加してね」

皆さん、SNSしていますか?
SNSと言えばTwitterというイメージですが、ソーシャル・ネットワーク・サービスというジャンル(?)の名前があるように、なにもTwitterだけを指す言葉ではありません。世の中には色々なSNSがあります。
しかし、現在巨大なSNSとしてTwitterが君臨しています。ネットで活動している人の多くがTwitterにアカウントを持っていることでしょう。

昔は知っている人だけが使っているサービスだったTwitterも、有名人が使い始め、あなたの知り合いが使い始め、多くの人が使い始め、公共機関までもが告知用アカウントを持っていたりします。
そうしてTwitterの人口が増えるとどういう変化が起きるかというと、リアルとネットという区別がなくなり、ただの道端と同じになってしまうのです。ただの道端なら、地理的な制約から近くの人としか知り合えないですが、Twitterなどネットでは遠くの人の言葉も受け取れます。
ネット空間を経て人と人の距離が近くなったことで、今までリアルでは出会えなかった人達とも出会えるようになりました。しかし、それは良いことだけではありませんでした。Twitterは、一度に多くの人間を体育館に閉じ込めたような、騒がしい空間となりました。

少し昔を思い出してください。学校のクラスに、数人は気が合わない人がいませんでしたか? クラスで気が合わない人が数人いるということは、あなたの町には数十人、あなたの市には数百人、日本だけでも数万人以上はいるでしょう。
気の合わない人が話している会話が、聞こえてくるだけでイライラしたりしませんでしたか? そういう人達が運動場に出ていたり、別のクラスに行ってあなたのそばに居ないとき、落ち着いた心を取り戻したりしませんでしたか?
リアルで人と人との距離に気をつけなければいけない最近ですが、それは心についても同じことなのです。
「みんな仲良く」なんていう学校の先生もいたかもしれませんが、全員と仲良くすることなんて到底無理な話なのです。耳に入れたくない会話をする人をブロックしたりされたりしていたことは、わたしの作ったぶろるっくで分かりましたよね。

さて、そんな巨大SNSであるTwitterそのものも肌に合わないという場合があります。
最初に書いたように、他にもSNSがあります。そこで数年前に話題になったマストドン。
mstdn.jpが有名ではありますが、この記事のタイトルに「分散SNS」とあるように、マストドンはただのSNSではありません。分散SNSという呼ばれ方をします。
分散しているSNS。SNSがあちこちに散らばっています。昔を知っている人なら、それって掲示板とどう違うの?と思うかもしれませんが、分散SNSはSNS同士が緩く繋がっています。
先に書いたmstdn.jpや、以前pixivが立ち上げて現在ラッセルが運営しているpawoo、他にも色々なサーバがあります。そう、マストドンはSNSの名前なのではなく、分散SNSのソフト名なのです。マストドンだけでなく、misskeyと呼ばれるソフトやpleromaというソフトも繋がります。そこで分散していることの何が良いの?という疑問が出てくるでしょう。
それは運営方針が異なるSNSが同時に存在できるというところです。例えばTwitterでは会社のあるアメリカの法律に則って運営されています。かわいい女の子の漫画を投稿したらアカウントが停止されたという話を聞いたことがあるかもしれません。日本ではその絵は法律に触れないのに。

こんな感じに、SNSでは使うための決まりというものがあります。
分散SNSとして運営されているサーバ達にも、色々な決まりや方針や、作られたときの想いがあったりします。普段SNSを使っているときには、あまりそういうことを意識していないかもしれませんが、それらの想いに寄って集まった人達によって、サーバ毎に「空気」が違ったりします。
そしてこの「空気」、サーバに人が多いほどリアルに近づき・・・Twitterに近づいてしまうのです。
じゃあ意味ないじゃんとなりますが、待ってください。さっき書いたようにサーバが分散していて緩く繋がっているので、別のサーバに移動してもフォローしていた人を別のサーバからでもフォローできるのです。これも分散SNSの利点です。

ここからが本題。長かった。
Twitterと少し違った空気のSNS、分散SNS。ちょっと興味を持って覗いてみようと思ったとき、注意点があります。
あなたがTwitterを使い始めた切っ掛けは何でしたか? 有名人が居たから? 知り合いが居たから?
大昔のTwitterと違って、最近Twitterをしている人達は、Twitterを始めたときにフォローしたい人が最初から決まっていませんでしたか?
これはどのSNSでも、リアルでも同じだと思うのですが、興味のある人達の話は楽しく聞けても、興味の無い人達の話はちっとも面白くないはずです。
数年前にマストドンが話題になったときもそうですが、多くの人がTwitterに帰っていきました。そりゃそうです、よく分からない人達の、お互いの状況を分かった上で繰り広げられるハイコンテクストな会話を見ても、楽しさは分からないでしょう。初めての人達の中に飛び込んでやっていくには、コミュニケーション能力がかなり要ると思います。

そこでまずは、Twitterの気の合うフォロワーにも声をかけて分散SNSでも似たフォロー状態にしてみることです。
慣れた人達と一緒に使うことで、操作に慣れてみたりすると良いでしょう。
参加したサーバにもよるのですが、多くのサーバで「ローカルタイムライン(LTL)」というものがあるかと思います。
このLTLというのは、同じサーバに参加している人達の投稿が流れています。
ここから、「そのサーバの空気」が感じ取れるでしょう。ものすごいスピードで流れていて、みんながバラバラな事を話しているとき、そのサーバは人口が多くて特にジャンルに関係の無いサーバでしょう。みんながオタクっぽい話をしていればオタクが多いサーバですし、酒の話が多ければ酒好きが多いですし、バイクの話が多ければバイク乗りが多いサーバでしょう。
サーバによっては、LTLの雰囲気が合わなかったり、そもそもそういうのを見越してLTLが存在しないサーバもあります。
そうなると「連合タイムライン(FTL)」というところから、気の合いそうな人を探してみるのも良いかもしれません。しかしFTLはLTL以上に早い速度で流れていて、雑多で難易度が上がってしまいます。無理にフォロワーを増やすよりも、LTLも非表示にしてしまって、最初にフォローし合った人達と「ホームタイムライン(HTL)」に引きこもり、Twitterの喧噪から離れてしまうのもお薦めです。
あとはフォロワーが共有してきた投稿から新しい人を少しずつ探していくのも良いかもしれません。

分散SNSのサーバによっては、特定のTwitterクライアントの利用者が集まったサーバだったり、特定の学校の卒業生が集まったサーバだったり、既に存在したコミュニティが母体となっていることもあります。
Twitterで言う「クラスタ」でまとまってフォローし合うと、同好の士との会話が楽しめるかと思います。

最初にアカウントを作ってみるサーバとしては、やはり
https://mstdn.jp/
本当にいろいろな人がいるので、新しい人を見つけるのは大変かもしれません。マストドンの標準機能なので、使い方に慣れてみるのには良いと思います。

絵を描いたり、創作する人なら
https://pawoo.net/
pawooに上がっている絵なら、本人が描いた絵だろうという暗黙の了解的なものが個人的にあります。

マストドンとは違う雰囲気を試してみるなら
https://misskey.io/
Misskeyという別の分散SNSの最大手です。

マストドンに機能追加されているサーバとして
https://fedibird.com/
LTLはありませんが、一通り慣れた後にアカウントを置く人も多いようです。

また、タイムラインに流れてくる人達のアカウントを見ると、 @アカウント名@ドメインとなっています。ドメイン部分をブラウザに入力してみれば、新しいサーバの発見に繋がるでしょう。
サーバによっては寄付を受け付けているところもあるようです。多くのサーバが管理者の持ち出しで運営されていたりします。自分の居場所を維持するという意味でも、寄付に協力してみることをお薦めします。

ほかにも自分でサーバを作ってしまうという方法も有ります。その場合、サーバの管理は自分や仲間達と行うことになるでしょう。
一からサーバを用意するには、システムに関する多くの知識が必要となってしまうため、かなりハードルが上がってしまうのですが、サーバを貸してくれるサービスもあります。

https://hostdon.jp/
日本人によって運営されているので、日本語でのサポートが受けやすいでしょう。

https://masto.host/
外国の人が運営していますが、こちらのサービスを使っている日本の人もいるようです。たぶん英語力は必要です。

わざわざサーバを作らなくても、たいていの場合はどこかのサーバのアカウントで満足できるでしょう。
しかし、こうして自分でサーバを作ってしまえば、自分専用のサーバも可能です。周りからどう言われようと、そのサーバのルールは自分です(ただし法律の方が強い)。
難しいかもしれませんが、Twitterより健全なサーバを目指してみるのもいいでしょう。自分のサーバに相応しくない他のサーバのアカウントを見えなくすることだってできます。もちろん逆もあり得ます。
そうして「こちらに影響のない範囲で、存在することは許す」という不干渉ができるのが、分散SNSの強みでもあります。

分散SNSでの活動が、あなたの平穏な生活になりますように。

2021年6月24日木曜日

思考の出力先としてのSNS

思ったことをSNSに小出しするようになって、日記として機能していたブログがいつの間にか長文を書くための場所となったり、まとめを置いておく場所になったり、アドベントカレンダーとしてお題を提供されないと書くタイミングを見つけられなくなってしまった。たまに長文を書くと、すでに脳の出力が短文投稿に最適化されてしまっているようで、文章を書いているうちにまとまりがなくなったり、書きながら考えが変わっていったりして、最初に書きたかったことと全然違うことを書いていたりする。だったら、もう考えの出力はSNSで良いんじゃないかとも思ったりもするんだけど、SNSに考えの断片を投稿していると、その途中で別の話題が流れ込んできてそっちの話に移ってしまい「もう誰も○○の話していない」みたいなことが、わりと起こりやすい。だから、外部からの話題流入に影響されず、自分の考えだけで話題の移り変わりを楽しむという使い方で、ブログは楽しめるんじゃないかと思った。ただ、これは間違った知識によって間違ったまま突き進んでしまう恐れがある。間違いがリアムタイムに近い速度でツッコミやマサカリによって訂正されていくSNS、これはこれで利点であり、思考の高速化に繋がっていってるんだろうか。

「インターネットの人達はどこに行ったのか。」
はてなから人が居なくなったという投稿を見かけて、ふと考えた。
?年 地元の草の根BBS
?年 NIFTY-SERVE
1996年 ゆびとま
1996年 ICQ
1999年 2ちゃんねる
1999年 MSN Messenger
2003年 はてなダイアリー
2004年 mixi
2004年 各種ブログ
2005年 はてなブックマーク
2006年 Twitter
2017年 分散SNS(これは実際に使い始めた年)
自分や周りの人が使っていたサービスを書き出してみた。お歳がバレますね。開始年は「インターネットの歴史 History of the Internet- Yahoo! JAPAN」より。
サービスの開始年であって、実際に使い始めたのはもう少し後になると思う。特に外国サービスは、当時インターネットと言えども情報の伝播速度が遅くて、アンテナを広く張っていないと気が付かない事が多かった。Twitterのアカウント作成も2007年9月で、実際に使い始めたのは2008年だった。

上に挙げたサービス一覧の最初の頃、パソコン通信で一日数回ぐらい自動巡回させ、投稿内容に返信を入れたり、メールの返事を書いたり、初めてパソコンが外と繋がった当時は、まだ時間の流れが緩やかだった。
それがテレホーダイだったり定額接続時代がやってきて、常時接続が当たり前となった。自分の都合が良い時間に投げておいて、相手が都合の良いときに返信が返ってくる。自分も相手もコンピュータの前に居たり、手元の機械で返事が返せるようになった。通信の敷居が下がり、多くの人がインターネットを通じて情報交換できるようになった。
やり取りがリアルタイムになり、多くの人間の考えがすごい速度で手元に届くようになったとき、間違ったことを書いたときに、1対1で注意したつもりが相手は数千人から注意されていたということが起こるようになった。

「ネットワークコミュニティの寿命は10年」という説を見かけたことがある。
10年も続いているとコミュニティに属している人達の年齢層がそのまま10歳進み、ユーザーの増加と共に新しく入ってきた10歳下の人達との価値観が合わなくなったりしてトラブルが起こり、人が減り、先細り、崩壊してしまうというやつだ。
こうして振り返ると、過去に使っていたサービスも使わなくなったり退会してしまったり、確かに10年以上使い続けているものがない。
今後もこれを続けていくのだろうか。しかし、Twitterは既に公的機関までも使うようになり、インフラとしての地位を築いてしまっている。SNSという仕組みは、きっとこのまま、一人格一アカウントという形で続いていくんじゃないかと思っている。人間をフォローする仕組みではなく、話題をフォローする仕組みだったり、細かな発明は続いていくだろうが、一人一人が発信用のアカウントを持っているという形態は変わらないのではないか。
わたしもTwitterのアカウントは放置状態となっているが、結局分散SNSで相変わらず投稿を続けている。
Twitterという一つのサービスで語られる事が多いが、既にSNSがインフラとなったことでそこは社会と同じ状態で、同じ価値観の集まりで群体ができている。それによってこれまで現実世界でも局所的に発生していたクラスタによる摩擦がインターネットを通して観測しやすくなったところがあると思う。

話が戻るが、インターネットへ発信する敷居が下がった一方、逆に敷居が上がってしまったのではないかと思っている。
正しいことだけをきちんと書き記せる人達、いろいろなことを書いていたが間違ったことを書けないという脅迫感を持ってしまった人達、間違ったことを書いても気にしない人達。この中間の「取りあえず何でも良いから記録を残していた人達」がインターネットから消えてしまったのではないか。正確には傍観者となったのではないか。
正しいことだけを書き記せる人達が常に聖人というわけではなく、ここには注意を受けて訂正したり、自分の考えをアップデートできる、最終的に正しいことにたどり着ける人達が含まれている。
「ダニング=クルーガー効果」というものがある。能力が劣っている場合、自分の能力不足を認知できないために自己の能力を過大評価する。いわゆる「ちょっとある分野をかじった時点で『完全に理解した』になり、更に勉強を進めると『なんもわからん』になり、極めると『チョットワカル』になる」あれだ。
ここで先ほどのインターネットに発信できる人達というのが、「完全に理解した」人達と「チョットワカル」の人達なのではないか。

インターネットから消えてしまった「なんもわからん」人達が、再びインターネットに書き込めるような環境ができれば、多くのサービスで人口が回復するのではないのかと考えていたりする。
「なんもわからん」人達は、何が分からなくてインターネットに発信しなくなったのか。それは先に挙げたクラスタ摩擦が怖いみたいなところにあるんじゃないだろうか。1対1でやり合っていたつもりが相手は数千人を相手していたというのは確かに怖い。Twitterではフォローしている人しか返信やDMができない仕組みを入れだした。これは上手いフィルターのかけ方だと感じた。
しかしフォローという仕組みはクラスタを構成する仕組みでもあるので、フォロワーからしか情報を受け付けないとなると、クラスタごとに共有されている誤った情報が更新されないままとなってしまう。エコーチェンバー現象というものだ。これでは「なんもわからん」から「チョットワカル」に進歩することができなくなってしまう。

酒の席では政治・宗教・野球の話はタブー聞く。わたし自身もSNSのフォロワーの中でも、政治の話は閲覧注意として折りたたまれていたり、フォロワー限定の鍵投稿となっていることが多い。これは余計な議論をしたくはないが自分の言いたいことは言いたいという欲求の表れだろう。これこそ先に書いた「なんもわからん」人達だったのではないか。そのような機能が無いTwitterだと、フォロワーを気にして何も投稿できなくなってしまったなどという話も聞く。
ダニング=クルーガー効果で出した「能力」という言葉を「正しいことを書ける能力」や「摩擦に対する恐怖」として表したが、実際のところは「インターネットにおいて自分の周囲から押し寄せる異なる意見に対しての対処法」というところなのではないか。
そこで、別の仕組みがあれば良いのだろうかと考えてみたりした。
・大量にリプライが届いた場合に、フォロー以外の場合にある程度フィルターする仕組み
・注意を行う文章内に人格批判を行うような的外れのものを削除してしまう仕組み
このようなものがあると、思考の速度を落とさず、インターネット文明を退化することなく、人間の思考を上手く進歩させていくことができるのではないだろうか。
またやり取りに時間が掛かるブログという仕組みであっても、いわゆる炎上というものは発生せず着実に知識を更新していけるのではないだろうか。

インターネットには間違った情報が多いから危険。調べ方をきちんと身につけていないと間違った情報を参照してしまう。そんな言葉を聞くが、これは図書館に並んでいる本であっても同じだ。
人は間違うしミスもする。いかにそれを直していくのかが大事であって、その仕組み作りとしてのフィルターという機能が必要性を考えてみた。インターネットでの仕組みとして書いたが、口頭の対面であっても注意の仕方だったり、問い合わせ電話窓口であったりしても絞り込みだったり、なにかしら改善できるところがあるんじゃないだろうか。


久々に長文を書くとやはり疲れる。
オチを用意せずに書き始めたので、後の方になって来て、そろそろ終わらせたいという気持ちになって焦りが出てきた。
無理矢理理論を展開して、ぼんやり霧の中から見えてきたオチに対して突き進む疾走感。
そうそう、これだよ、懐かしいなぁという気分になった。
これを書いている間でも、もうちょっと補足を付けた方が良いだろうかとか、理論に飛躍がありすぎるが説明したら冗長すぎるとか、いろいろと悩んでしまった。取りあえずSNSに投げてしまって、分からないところにリアルタイムで突っ込みが入るというまとめ方もあるのかも知れない。
「正しいこと」をまるで一つしかない事のように書いているが、もちろん地域や実情によって異なるだろうし、そのような多様性はまた別の話として書いてみたい。
この文章を書くきっかけとなったものもSNSに流れてきた話題だったのだが、こうしてお昼前からお昼ご飯を挟んでまで推敲して、投稿する段になってもう誰も○○の話していないという状態になった。
SNSの速度というものは素晴らしい進歩だなと改めて思い知らされるのであった。

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