その国の海岸からは、沖に向かって電線が伸びていました。
高台にエルメスを停め、キノは水平線に消えていく電線を眺めました
「壮大な眺めだね」
とエルメスの感想。
「すごいでしょ」
ハイキングの格好をしている女性が、声をかけてきました。
「海の向こうにまで電気を届けているんですか?」
「いやいや、逆だよ」
「逆?」
「そう、この国は海の向こうから電気をもらっているの」
「こんなに大げさな設備を作ってまで、電気が必要だったの?」
キノが思いついたのと同時に、エルメスが質問をしました。
「もったいないから」
「もったいない?」
そこで女性は海の向こうに視線を向け、語りはじめました。
「昔、海の向こうに小さな島国があってね。火山が多くて地震や津波にくるしんでいる国があったんだよ。
とても技術力はあったんだけど、あるとき巨大な地震と津波のせいで発電所が壊れて、発電に使う有害物質で国土が汚染されてしまった。
今は綺麗な土地に戻っているんだけど、そこに住んでいた人たちは、また同じようなことがあってはいけないと、発電所をとても高い堤防で囲んだんだ」
「ちゃんと学習したんだね」
エルメスの言葉に、女性は少し困ったような顔を浮かべて振り返りました。
その表情の意味が分からず、キノは訊ねました。
「その国の人たちは、今も安全に暮らしているんですか?」
女性は再び海に向き直り、
「その後、また津波があってね。発電所の堤防は高かったから、国土は汚染されなかったんだけど、他の堤防が疎かになっていたんだ」
「ありゃま」
「きれいさっぱり流れちゃってね。今その国には発電所だけ残っているんだ」
「なるほど、それでもったいないと」
「そう、使う人がいないのに、発電所は電気を作り続けている。
最初の災害の後、技術力が更に上がって施設も安全になって、もう壊れることはないから、今後何があってもあの国は電気を作り続けるんだよ」
「儲かっちゃったね」
エルメスに本音を言い当てられたからか、女性は苦笑を浮かべました。
港へ続く海沿いを走りながらエルメスが訊ねます。
「海の向こうの国には渡ってみるの?」
「いや、行かない」
「まあ発電所しかないもんね」
「なにか特産品でもあればいいけど」
「電気しかないもんね」
「それより美味しい魚が食べたい」
「いいね」
「エルメスは食べられないでしょ」
「塩気はちょっと・・・」
「エルメスも電気で走れるようになったらいいのにね」
「電気もちょっと・・・」
「魚の油なら、頑張れる?」
「キノほど食いしん坊じゃないよ」
「まずは生き残らないと、好き嫌いも言えないよ」
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