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8月 02, 2002

列車を降りると、むっとした暑い空気に包まれる。
 暑ち。
思わず独り言も出る。
改札を抜け視線を右から左へ走らせると、ふっと目が合う。
「おーい」
右手を小さく振った彼女に、俺も手を軽く挙げる。
 ごめん、待った?
「ううん、いま来たとこ」
 んじゃ、早速行こっか
「うん」
二人横に並んで歩き出す。久しぶりに見た顔だけど、全然変わってない。
 変わってへんなぁ。相変わらず白いし。
半袖のTシャツから伸びる腕を見ながら言う。
「いいよ、どうせ引きこもりだし」
 いや、別にそういう意味で言ったんじゃないけど。
こっちを見ながら彼女が言う。
「変わってへんよ。相変わらず細いし」
 あーはいはい、引きこもりですよー。
ふたりで笑い合いながら階段を下りる。

 おお、ローソクタワー。
「そんな感動せんでも…」
 だって、こんな間近で見たことないし。
「いっつも車で来るもんな」
 一番近くて竹田街道のとこからやけど、あんまり意識して見てないからな。
そうして駅前のバスターミナルまで出た。
 俺、バスってほとんど乗らんから、バスターミナルとかようわからんねんけど。
「えー、行き先書いてあるやん」
 でも京都ってバスめっちゃ走ってるやん。まあ大阪もやけど。なんか行き先同じやのに系統違ったり。
「どれか適当に乗ったら着くって」
 そんなもんか?
目当ての系統を探し出し、それが来るバス停まで移動する。なんか、行列。
 いっぱいおるなぁ。
「他の系統の人もいるから、わからんけど」
やがてやってきたバスは、別の行き先…。横へ避けつつ、列になっていた乗客達はバスに乗り込んでいく。
残ったおばさんと、部活動らしい学生と、おじいさんと彼女を見つつ。
 充分座れそうやな。

バスを降りて駅までしばらく歩く。
 昔、小さいときに家族で行った覚えはあるんやけどな。
「そうなんや。実はわたし初めて」
 えー、ガイドちゃうの?期待してたのに。
「わたしより詳しいとか」
 いや、覚えがあるだけで、他は全然しらん。
「思い出せー」
 ま、遭難せん程度に。
「あはは、そんなに山奥へ分け入るの」
思わず川口浩探検隊を思い浮かべつつ、俺も笑う。

列車は景色が楽しめるように座席が横を向いていた。
「座ろ、座ろ」
二人して並ぶ。よっぽど景色がいいようだ。
紅葉の季節なんかに来ると、もっと楽しめるかもしれない。
まもなくして電車が動き出す。
 いいなあ、なんかのんびりしてて。
「そやねぇ」
しかし、電車はまだまだ街の中。住宅街、広い通りの踏切を越えていく。
 晒し者っぽいな。

本線から分かれると、一気に山が近くなる。
「だいぶ山が見えてきたね」
 赤くなっても綺麗やろうな。
「紅葉狩りしに来たい」
やがて線路も単線になり、降りる乗客も少なくなってきた。
周りは観光客らしい人たちばかり。
目的の駅に着いて、降りる人たちはだいたい半分。
駅前と言っても、ごく普通の山道に出たような感じで、広いとは言えない舗装された道が、上と下にそれぞれ伸びている。
バス停もあったけど、こんなところで一体いつバスが来るのやら。

 そんなに遠くじゃなかったはず。
そう言ってふたりで上に向かって歩き出す。
京都駅に降り立ったときの蒸し暑さはなく、からっとした晴れ間に木々の陰。
「よかった晴れてて」
 天気予報じゃ、もっと暑くなるみたいなこと言ってたわ。
彼女は手をだらんと前に垂らして、しんどそうに歩く。
「まじでー」
俺はちょっとしたハイキング気分で上っていく。沿うようにして流れている沢に目を向け、耳を傾けつつ。
 あ、ほら、亀おる。
「ん。ほんまや」
 気持ちよさそう。
「泳いできたら?」
 まだいい。ていうか、疲れてきた?
「ちょっと」
受け答えでなんとなく分かる。

森の中を抜けていた道も、やがて開けてきて、ぽつぽつと建物が見え始めてきた。
 床が出してある。
「涼しそう」
旅館が建ち並び始め、昼間は観光客向けに食事処もやってるようだ。
まだお昼には少し早かったので、先にのぼってしまうことにする。
細いと思っていた道だが、意外と交通量が多い。
なんか大型バスとかも連なってくるし。
 でっかいホテルでも建ってるんかな。
「さあ、そんな見るところあるんかな」
合掌造りの白川郷へ行ったときも、集落の中をバスが行き交い、趣もなんもあったもんじゃなかったのを思い出す。
 ごみごみしてたら嫌やなぁ。

周囲はすっかり旅館や料理屋が立ち並ぶ。
観光バスは少し下の方の駐車場で止められていた。
 平日のわりには結構人居るな。
「おばさんが多いね」
 うん、一応女性ではあるな。
「別に貴船神社だからって、縁だけを求めてくるんじゃないやろう」
 まあ、そうやろうけど。ちょっとぐらいは期待してるんじゃないの?
「あんたもかー」
 いやいや、俺は今日は取材のつもりだし。

 最後の難関か。
「何千段とかあったら嫌やな」
 ここまで来て、それは参るな。
灯籠のあいだを抜けて石段を上がっていく。
 早く、早く巫女さんに。
「それかー、そっちが目的かー」
 俺的には巫女萌えではないんやけど、一応。
「なんや、その一応って」

「これで終わりでよかった」
 うん。
「やっと巫女さんに会えるね」
 いや、主目的じゃないから。
「何番目ぐらい?」
 二番目ぐらい。
「ほとんど主目的やん」
手水舎で手を清める。
「冷たくて気持ちいい」

そのときは神事も行われておらず、参拝者がちらほらといる。
賽銭を入れて鈴を鳴らす。
・・・・・。
 なにお願いしたん?
「秘密」
 やっぱり貴船神社らしいお願い?
「ま、そんなとこ。あんまり言ったら御利益無くなるとか、なかった?」
 さあ、わからんけど。
「じゃあそっちこそどうなん」
 秘密。
「ご縁があるように五円玉入れてた」
 細かいとこ見てるなぁ。
「あはは、お互いご縁が有りますようにってことで」
 うん、ご縁があるといいねぇ。
特にお守りとかも買うこともなく、社務所の前を通り過ぎる。
「巫女さんとの縁はなかったね」
 えらい食いつくなぁ。
「巫女さん萌え?」
 だから巫女萌えじゃないって。
「ふーん」

石段を下りると雨が降り出してきた。
 うわ、晴れてるのに。
「狐の嫁入りや」
 なんと縁起のいい。
お昼を食べるついでに近くの店に逃げ込む。
雨が上がると、再び山道を下る。
観光バスが止まっているところで、路線バスを待つ人たちの列。
「どうする?乗っていく?」
 うーん、いつ来るかわからんし。そんなに時間かからんかったやん。
三分の一ほど下ったところで、下から路線バスが上がってくる。
 もうちょっと待っとけばよかったかなぁ。
三分の二ほど下ったところで、折り返してきたバスに抜かれる。
 まあ、運動できたし。
「うん、バスめっちゃ混んでるし」
山道用の小さなバスだったため、結構立ち客も居るようだ。

やがて駅に着き、缶ジュースで喉を潤す。
あー、疲れた。
 明日、足痛くなってるかも。
「若くないしな」
 ほっといてくれ。
「年取りたくないー」
 若々しいしいいやん。
「なんとか、頑張ってます」
 あはは。充分充分。
やがてやってきた下り方向の電車にのって山をあとにした…。


…つづく…んなわきゃねぇ!!!

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